ソフィの向こうに見えるもの

Things I see over there of Sophie. ソフィとの暮らしから綴るエッセイ
第1章 理由の続きです。
今日は「ソフィの向こうに見えるもの」の第二回目です。
実は先程までソフィを近所の動物病院に連れて行ってました。
一昨日の夜の散歩で枝をくわえて遊んでいたのですが、少々目を離した隙にしっかりその枝を食べてしまって・・・
昨日の昼ごろから嘔吐が続いていました。一瞬腸閉塞?と思い朝一で診てもらった次第です。
幸い腸閉塞のような大事には至らず、触診でも胃、腸ともに痛がるようなこともないので、胃が傷ついて出血しているとのこと。飲み薬そして食事を消化のいいものを回数に分けて徐々に与えていけばいいとのことでした。
因みに腸閉塞の場合、24時間以内に腹部がガスで膨れ上がり、とても動ける状態ではなくなるようです。

さてさて前置きはこのくらいにして前回からの続きです。

第一章 理由 (2)

私の傍らにはその大切な思いを伝えてくれる仔がいます。
この仔は、私が手を差し出し微笑むと、いつも満面の笑顔とともに全身で喜びを表します。
「もっと、もっと触って!」、「遊んで!」って。
その瞳はまっすぐに、一点の曇りもなく私を見つめます。
それは、この仔が生後2ヶ月で我が家に来てから、毎日のように繰り返す当たり前の光景です。

これを書き綴る今、いつものように私の傍らで静かに眠るこの仔は、8歳を目前に悪性リンパ腫という完治のないがんに侵され、がん細胞と毒性の強い抗がん剤と闘い続けながら3年が過ぎようとしています。
この病気と治療は、この仔の命をとても不安定で不確実なものにしているのに、この仔の瞳はいつもと少しも変わらずまっすぐに私を見つめます。
そして、その変わらない瞳がゆっくりと確実に、私を今までとはまったく違う私へ変えようとしています。
私が日々想い描いていた独りよがりで形ばかりの幸せは、音を立ててガラガラと崩れていきます。

私は、私と変わらない命なのに姿かたちも違う、しゃべることもできない、ほかの仔も同じだからとただそれだけで、この仔の寿命を長くても十数年と勝手に決めつけていました。
命の尊さ、感謝の気持ちは素晴らしい生き方をしている人から、それに両親からも教えられます。でも、物質的な損得がすべての価値観を決めてしまう世界に浸って踊っていると、どこかに大切なものを忘れてきてしまいます。
踊っているときの私は、人への恨みや妬み、そして裕福にさえなれればとそんなことだけを糧に、上っ面ばかりを気にしながらつき進んでいました。
その後、事業でつまずき立ち直りたいがために安易に神頼みに出掛け、少しも自分自身の責任を省みることもせず、妻とお互いを責め合うばかりでした。
それは、無責任な責任転嫁であり自分以外のなにかにその原因を見出そうとする悪あがきでもあります。
今、この仔に見つめられると、
「なぜあんなことをしたんだろう。」と省みることばかりが古傷のようにうずき私を責めます。どれもが後味の悪い惨めなものに感じます。

そんな私でも、ひとつだけとても清々しく想える思い出がよみがえります。
私が中学2年生で、母が脳卒中で倒れたときのことです。
その晩、医師からは、
「今夜が峠です。」と言われ、母の枕もとには自分の不甲斐なさを責めながら、必死で母に声を掛け続ける父がいました。幸い母は、数ヶ月後に退院することができました。
父は、母の入院中看病のために毎晩泊りがけで隣町の病院へ出掛け、そのとき私にできることといえば、それは一生懸命勉強すること。突然の病と懸命に闘う父母に心配を掛けず安心してもらえる唯一のことでした。
それはとても長い間忘れていたことです。この仔の変わらない瞳によって、今その思い出に触れることができ、奮い立つものがあります。できることは違いますが、
「あのときと同じじゃないか。」と。

つづく
第1章 | コメント(0) |permalink
はじめましてm(__)m
はじめましてm(__)m

いぬのえほんドットコムを主催していますSOPHIEDESIGNのshinoです。
10才を過ぎたソフィというイヌと暮らし、そしてこの仔との暮らしから教えられ学んだたくさんのことを
「ソフィの向こうに見えるもの」というBlogにして日々書き綴っていきます。
実はいぬのえほんもソフィに教えられたことのひとつなのです。
では1回めの今日は

第一章 理由

あなたにとって大切な家族。それは夫、妻ですか。子供、兄弟姉妹それともお父さんお母さんですか。
中にはペットも大切な家族と言う人もいるかもしれません。

これは、イヌとともに暮らす私がその暮しの中から、ひとつひとつの命の大切さや命を見守ることの尊さ、さらには生きる意味を考えることの大切さを感じ書き綴ったものです。

今、親子の関係ですらいびつで親を親とも思わず、また我が子を我が子として見守ることもできない。自分自身ができることやすべきことを見失ってしまい、家族に対してさえもとても自己中心的な人が増えてしまっています。
それはとてもわがままというだけのものではありません。
炎天下、車に我が子を置いたまま遊戯にふける。
「なぜ、こんな当然のことが分からない?」
自分だって暑かったら窓を開けたり、クーラーのスイッチを入れて涼むのに。
「暑い!」って、「辛い!」って、伝えられなかったら、見守るものはことばで伝わらないことをどうしたら理解することができるのか。
でもそんなこと、子供のとき親からも学校の先生からも言われたことです。
そして学びました。
「相手の身になって考えて。」
当たり前のように思われることが当たり前にならない。相手の痛みが分からない。分かろうともしない。親も子も、そして学校、地域、社会そのものも。ことばすら廃れてしまいました。
いじめを産む根底には、吹き溜まりように溜まってしまった優しさを知らない、満たされない心と心が絡み合っているからなのでしょう。
子供たちの純真で無垢な心はいつの時代も変わらないものなのに、人の不幸に喜々とする心ない大人たちが、子供たちにその醜い姿を映してしまっています。
まるで、この世そのものがうつ病のようです。今まで、私たちがもっとも信じて止まない物質的な価値観が行き詰まり、もう限界だと叫んでいます。
いつの時代にも「昔はよかった」、「近頃の若い者はなってない」なんて言うけれど、優しい心、命への愛しみは決して失ってはならないはずです。

私には20年以上連れ添った妻がいます。でも子供はいません。子供を育てること、その苦労を知りません。だからと言ってこれを書き綴る今、命を見守ること、優しくそして穏やかな心を育むことに疎いと思うことはありません。
辛うじて私には、両親から授かった育むべきものがまだ残っているようです。
その両親に心から感謝できることがなによりの証しではないでしょうか。
こんなわがまま息子でも、苦労がなければと今も気遣い励ましてくる。
我が子に、孫に、ひ孫に、そして、ともに暮らす多くの小さな命にさえも同じように接し変わらぬ愛情を注ぐ。
命に癒し癒されて、その命に自分自身も生かされる。
たとえ苦労が絶えなくてもいつも明るく、くよくよしない。
私は、そうした両親に心から感謝しています。

「生まれてよかった。」と素直に思える。
嫌なことや辛いこと、恨めしいことがあってもそう思えるように努力する。
辛いとき、苦しいときは自分自身の成長するとき。
成長できることに心から
「ありがとう。」って。
そして、すべてのものへ
「ありがとう。」って。

つづく
第1章 | コメント(0) |permalink
  |  home  |