はじめましてm(__)m
いぬのえほんドットコムを主催していますSOPHIEDESIGNのshinoです。
10才を過ぎたソフィというイヌと暮らし、そしてこの仔との暮らしから教えられ学んだたくさんのことを
「ソフィの向こうに見えるもの」というBlogにして日々書き綴っていきます。
実はいぬのえほんもソフィに教えられたことのひとつなのです。
では1回めの今日は
第一章 理由あなたにとって大切な家族。それは夫、妻ですか。子供、兄弟姉妹それともお父さんお母さんですか。
中にはペットも大切な家族と言う人もいるかもしれません。
これは、イヌとともに暮らす私がその暮しの中から、ひとつひとつの命の大切さや命を見守ることの尊さ、さらには生きる意味を考えることの大切さを感じ書き綴ったものです。
今、親子の関係ですらいびつで親を親とも思わず、また我が子を我が子として見守ることもできない。自分自身ができることやすべきことを見失ってしまい、家族に対してさえもとても自己中心的な人が増えてしまっています。
それはとてもわがままというだけのものではありません。
炎天下、車に我が子を置いたまま遊戯にふける。
「なぜ、こんな当然のことが分からない?」
自分だって暑かったら窓を開けたり、クーラーのスイッチを入れて涼むのに。
「暑い!」って、「辛い!」って、伝えられなかったら、見守るものはことばで伝わらないことをどうしたら理解することができるのか。
でもそんなこと、子供のとき親からも学校の先生からも言われたことです。
そして学びました。
「相手の身になって考えて。」
当たり前のように思われることが当たり前にならない。相手の痛みが分からない。分かろうともしない。親も子も、そして学校、地域、社会そのものも。ことばすら廃れてしまいました。
いじめを産む根底には、吹き溜まりように溜まってしまった優しさを知らない、満たされない心と心が絡み合っているからなのでしょう。
子供たちの純真で無垢な心はいつの時代も変わらないものなのに、人の不幸に喜々とする心ない大人たちが、子供たちにその醜い姿を映してしまっています。
まるで、この世そのものがうつ病のようです。今まで、私たちがもっとも信じて止まない物質的な価値観が行き詰まり、もう限界だと叫んでいます。
いつの時代にも「昔はよかった」、「近頃の若い者はなってない」なんて言うけれど、優しい心、命への愛しみは決して失ってはならないはずです。
私には20年以上連れ添った妻がいます。でも子供はいません。子供を育てること、その苦労を知りません。だからと言ってこれを書き綴る今、命を見守ること、優しくそして穏やかな心を育むことに疎いと思うことはありません。
辛うじて私には、両親から授かった育むべきものがまだ残っているようです。
その両親に心から感謝できることがなによりの証しではないでしょうか。
こんなわがまま息子でも、苦労がなければと今も気遣い励ましてくる。
我が子に、孫に、ひ孫に、そして、ともに暮らす多くの小さな命にさえも同じように接し変わらぬ愛情を注ぐ。
命に癒し癒されて、その命に自分自身も生かされる。
たとえ苦労が絶えなくてもいつも明るく、くよくよしない。
私は、そうした両親に心から感謝しています。
「生まれてよかった。」と素直に思える。
嫌なことや辛いこと、恨めしいことがあってもそう思えるように努力する。
辛いとき、苦しいときは自分自身の成長するとき。
成長できることに心から
「ありがとう。」って。
そして、すべてのものへ
「ありがとう。」って。
つづく